父が娘たちに自分の死をもって伝えたこと

《余計な事ではあるかもしれませんが、今後こういったお話をする機会もないと思うので、最後に伝えておきます。生前、お父様は「娘たちには、自分の死をもって伝えるんだ」とおっしゃっていました。お話したい事があったのかもしれません。》

2011年の自分の誕生日の前日に父は亡くなりました。この年の春に十数年ぶりに再会したばかりでした。私は、子どもの頃から父とぶつかることばかりでした。華奢で小枝のような妹が叩かれることはありませんでしたが、私はいつも格闘技ばりに闘っていました。

10代の頃の日記には「あんなやつ死ねばいい」と書いていました。その日記を父はコピーしていたようです。あの時父が突然死んだら、真っ先に私に殺人の動機があると疑われたでしょう。そのくらい嫌いでした。未熟な私はある時親戚会議を計画し、それ以来、父とは絶縁状態となっていました。

絶縁してから7~8年経った頃から次第に父が一人ぼっちで年を取っているかもしれないことが気になって、千佳さんのセッションを受けました。そして、そこで教えられたとおり父に向かって「ありがとう」「ごめんなさい」「幸せでいてください」と祈るようになりました。そうしていたら、自然といつか会えると教えてくれたからです。

お互いに年を取り、人生には説明のつかないようなことがあるんだとわかった頃、千佳さんの教え通り、再会の時がやってきました。2度食事をしましたが、お互いに穏やかな気持ちになっていました。

これから少しずつ関係性が変わるかなと思った矢先に、父は透析中に脳出血で倒れました。

2週間ほど意識不明の入院をし、意識が戻ることなく亡くなりました。父が倒れた時から2か月近く、父が長くお世話になった人たちと一緒に父の入院と葬儀の手続きをしていました。納骨まで終えたとき、共同作業を終えたことのご挨拶と共に、冒頭のメッセージをいただいたのでした。

その時は、父が亡くなってしまったことと、生前にしておくべきだったかもしれないことへの後悔がいっぱいで、そのメッセージは心に留めておきたくないものでした。だって、もう父は死んでしまったのだし、知ることはできないのだし。

つい先日、このお手紙を久しぶりに見て、ずっと考えていました。

「自分の死をもって伝えたかったことってなんだろう。」

「本当は話したかったことってなんだろう。」

私と父の確執のテーマは「許す」ことだったと思います。私は学校や塾で人間関係で「許せない」ことがあると、仲良しだった友達とも笑えなくなり、教室で一人ぼっちになっても自分の気持ちに嘘がつけないでいました。

そんな私を見て、いつも「マユコは許すことを覚えないといけない」と言っていました。一方で父も、自分の触れられたくない柔らかいものに土足で入られると、「お前は絶対に許さない!」と震えるように怒っていました。お互い自分の中に、敏感に傷みを感じてしまう弱い部分があり、私は父が許せなくて、父も私を許せなかった。でも、離れている間に、父はそんなことの落としどころを自分なりに見つけていたのかもしれません。

娘にされたことを受け入れた。娘が絶縁したいのならそのままでいることが娘のためだと思ったかもしれない。でも口が裂けてもそんなことは言わない。

「ドラマみたいだろう?」とふざけて笑っている。

子どもの頃、母がテレビの女優さんを見て「素敵ねえ。こんな服が来てみたいわぁ」と言うと、父は「服でも靴でもなんでも買ってやるよ。」といい、母が「ほんとに?」と疑い深く言うと「明日デパートごと買ってやる 笑」と必ず言っていました。

あの時、母も私も、「どうぜ服を買うのが嫌だから、高い服を買えないから、あんな大きなことを言ってごまかしてるよねー。デパートなんていらないから、服と靴を買ってくれればいいのにね。」とうんざりしていました。

大人になってから、ふとその「デパートごと買ってやる」を思い出すことがあります。私自身が子ども達になにを与えたいかを思う時に、ふと思うのです。洋服を買ってあげても、靴を買ってあげても、子ども達にちゃんと何かを「与えられたか」満足できない。

学校へ通わせても、塾代を出しても、本当に「与えられたか」と思う。確かに、あの時の独立して間もない父は、母が満足するような服や靴を買うのはハードルが高いと感じていたと思います。でも、そんなことにもどかしさがあったわけじゃないのかもしれない、と思ったりするのです。

それは、家族を養う人でないと、わからないものかもしれません。いま私が大変お世話になってる方が、打ち合わせをしているとたびたびこぼす宣言のようなものがあります。

「僕はね、マユコさん。嫁と娘二人を本当に幸せにしたいんだよ。そのために働いているんだよ。そのために頑張ろうって思うんだよ。」

ああって、思います。本当に美しく温かい思いです。

父が自分の死をもって私に伝えたかったこと。それは、この方が私に時々宣言する、このことなのかもしれないと、思ったりします。デパートごと買っても地球ごと買っても大切な人を本当に幸せにしたのか、と思う。

父が父なりに生きたことそのものに、私は「与えられ」ています。死後、8年経ってもこうして「与えて」くれている。小野正嗣さんのお兄さんと同じです。

「人はとかく物事に意味を見つけたがる。でも、それは違います。生きることに意味などはないのですよ。」とアーユルヴェーダの講座で先日、先生が教えてくれました。

「ただ目の前の命を生きる」そのことに、人は「与え」「与えられる」のかもしれません。

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3月のある日のお茶のお稽古。廊下の日差しが春でした。
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【表千家茶道教室】
 
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