拈華微笑(ねんげみしょう)の教え

花寄せ

本日、花寄せの稽古をしました。先生の教えの備忘録として、ここに少し記録しておきます。

表千家茶道の七事式のうち、風炉の季節のために「花寄せ」の式があります。席中に花入れをたくさん置き、花台も数多く用意して、客も亭主も次々と立って、それぞれの思い思いの花入れに花を入れます。

家元では、9月13日の天然忌(中興の祖と言われる七代家元如心斎を偲ぶ)に行事の一つとして、この花寄せが行われます。

七事式を制定した如心斎を、門弟が偲ぶとともに、それぞれに花を入れて花を手向けるという意味も含まれています。

(参考:『定本 茶の湯表千家』)

回り花

回り花とは、主客がかわるがわる花を入れて楽しむとともに、花の生け方について練習する稽古です。

無学和尚は、般若心経の句「色即是空 空即是色」をひいて、美しい花の色、形をとらえてこれを空といい、それでは空とは何であるか、と問い、それはこの美しい色、形そのものであると答えています。

人生において自然と一体となり、清涼の境地にはいることを示していると言われます。

花を生けるということは、そのすがすがしさを心にうつして、自分と花と一体になっていけるものであると教えられます。

花を生けるということは、その時の自分自身の心を花に表すことであり、また花に現れてしまうということでもあるのです。

花寄せと同様に、ほかの人が生ける花との繋がりやバランスを見て、そこにどんな風を吹かせるのかを問われる稽古です。自然の中に生きる野の花たちが、周囲と調和して生息している姿に、私たちも生き方を学ぶような気持ちになります。

ほかに茶道の中の花の稽古は、「且座」「花所望」があります。

拈華微笑(ねんげみしょう)

なぜ、茶道の稽古の中で、花の稽古が出てくるのでしょう。

それは、仏陀の教えに伝わる、拈華微笑にあるそうです。

花をつまんで微笑する。

釈尊が1本の花を手にとって示したところ、みなはそれが何を表すのかわからず黙っていたが、弟子の摩訶迦葉(まかかしょう)だけがその意味を理解して微笑んだので、釈尊は迦葉を後継者として認めたという。

禅宗の「教外別伝不立文字(きょうげべつでんふりゅうもじ)」を象徴的に示すエピソードです。

(参考:『茶席の禅語句集 朝山一玄著』)

1本の花をとって手向ける。その花を見て微笑む。

仏陀の真の教えは言葉によって表現しうるものではなく、心から心へと直接伝達され、ひたすら修行することで悟りを直接体験するということです。

私は、師の心から私の心に伝達を受けとり、私自身が修行をすることで拈華微笑を直接体験してゆきます。そして、またその心は、教室の生徒さん達の心へと伝え、生徒さん達の人生の豊かな体験と繋がってゆけば嬉しいです。

茶の道は、一生自分を見つめ続け、悟りを自ら体験する道なのだと気づかされる花寄せの稽古でした。